射幸性ってマスタベーションの時のあれでしょ?
「射幸性」って字面からして、これはきっと男性がマスタベーションの時に感じる一種独特な幸福感のことだろう。ならば、「射幸心を煽るゲーム」なんてものがあろうならそれはきっとエロスにドロッドロにまみれてて、規制規制規制だ−ってどこかの誰かが叫んじゃっても、まぁそれも致し方ないことだよと、
誰かが言ってました。
僕にも 自分をよく見せたい願望というものが人並みにありますので誰かに言ってもらいました。誰かの正体は闇の中ですが、射幸心の意味はWikipediaにあります。
「射幸心」って言葉とはモバイルゲーム関係のニュースで出くわしたわけですが、この自分をよく見せたい願望というのにもモバイルゲームやってたらよく出くわします。
お金を払ってアイテムを買って、アバターにえくぼとかつけるわけですよ。エヘン。
アバターにえくぼに限らずモバイルゲームって欲と蜜月ですよね。ちょっと前まで「ゲーム」って単語から連想できてたそれらよりはエロスじゃないにしてもドロドロはしてる気がします。
敵を倒す(殺すと書くのは忍びない)、成長する、成長を実感する(数値でタイムリーに)、つながる、ほめられる、 運ぶ、戦う、増える、そして食べられる(悪乗り)とか、どこを切り取っても隙がない。全部仮想体験出来ちゃう、結構簡単に。特に最近、お金で大抵解決出来てしまうのとか、解決すること自体だけじゃなくて「お金で」ってとこまで含めて実現したい欲求なんじゃないのかなと考えてしまいます。札束で人の頬を叩いてみたい的欲求が仮想世界で渦巻いているんじゃなかろうか、これはなかなか凄まじいよね、と。たぶん皮肉とかじゃなく、なんだろう、リアルな家族ものの小劇場演劇観てる感覚?え、いや、そんなとこまで見せちゃうの、っていう。日本人的裏ゲーミフィケーションみたいな。(ゲーミフィケーションって言ってみたかっただけ)もちろん健全な仕組みにすべきところは修正して、うまく説明できないドロドロ感がうまい具合になったゲームが出てくればいいなと思います。基本的に僕は「ゲームって要するに未来だぜ」みたいな残念な思考の持ち主ではあります。
ちなみに、今日のこれ、なんだか本気でよくわかんない文章になっちゃったのは、実はブログに「ゲーム性」を持たせているからです。この記事の中に動物が五匹隠れていますいぬ。君は何匹見つけられるかなねこ。三匹のこぶた。
1月 26, 2012
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